古代から明治政府へと続く日本の性産業の歴史

管理売春は人身売買の一形態となりがちであり、日本では古代の奴隷制に由来する非常に長い歴史がある。古代の奴隷制は、支配者を権威化・儀式化し、信仰の対象として発達するとともに、権威主義的な王権を成立させた。大化の改新後も、神官の権威を血縁主義によって引き継ぐことになった貴族達が姿を変えながらその構造を引き継いでいった。奴隷交易と性産業は結びつき、さらに神道と互助関係を形成した流れが起きた。結果的に、日本では、奴隷制に由来する人身売買とその一形態である組織的売春は、古くから巫女・神社に結びついた。

江戸時代末期には、討幕運動とも結びつき、明治以降も政府と非合法結社の癒着した構造を経済的背景として時代を下っていくことになる。政府と性産業・人身売買の癒着構造は、遊郭における年季雇用、殖産興業における女工の年季雇用、戦時中の従軍慰安婦への流れを作り出し、近代においてもしばしば政府が干渉し、性産業や人身売買に対して独占を支援する政策をとった。

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政府がヤクザを動員した歴史【アイク歓迎実行委員会】

政府は、日米安保体制の構築の過程では、反対運動を「警備」するための警察官の数の不足を補うために、右翼団体やヤクザを動員した。

1960年、米国のドワイト・D・アイゼンハワー大統領の訪日前の日米安全保障条約の批准を予定していた。国民の反対の声は強く、連日10万人規模のデモが行なわれる状況にあった。この際、自民党安全保障委員会は、右翼団体や暴力団の有力者と結びつき、テキ屋、旧軍人、消防団関係、宗教団体、右翼団体、暴力団などを動員し、左翼の集会に殴り込みをかけさせた。

実は、現代へと繋がる街宣右翼、広域暴力団の大規模化は、この頃から始まった。日米安保体制は暴力団や右翼団体と切って切り離せない関係を帯びることになっていく。 続きを読む 政府がヤクザを動員した歴史【アイク歓迎実行委員会】

『神道指令』の原文と現代語訳、GHQはどのように公私を分離させようとしたか?

神道指令は、1945年に出された、GHQが日本政府へ向けた覚書(指令)である。現在の日本で有効な法律ではない。

GHQ統治下において「政教分離」がどのように条文化されていたのかを知ることができる。国家神道をもちろんターゲットとしているのだが、実際にはあらゆる「宗教、信仰、宗派、信条あるいは哲学」について国家の介入を禁止していることに注意してほしい。

とくに、公的な資金と宗教がどの程度厳密に分離されるべきとされていたのか、公私の区別をどのように設定し、公的資金の使途をどのように制限していたのかが大切である。

かな表記を平仮名にするとともに、表現を現代風にしたものと原文(日本語)を用意した。

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国家の起こしたテロ事件『菅生事件』と破防法の成立

日本には警察が組織的にテロ事件を行った歴史がある。

共産党員が容疑者とされた菅生事件という駐在所爆破事件がおきたのは、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年のことだった。この事件は当初、共産党員による犯行とされた。この事件は、一か月後の破壊活動防止法成立を後押しすることになったのみならず、講和と同時に結んだ日米安保条約(内乱鎮圧条項を含んでいた)を正当化する口実として用いられた。

「主権回復」がさかんに宣伝された講和条約だったが、当初から権力固定のために政府による不正な操作が用いられていた。体裁として独立したとしても主権が回復したかどうかとは区別して考えなければならない。

菅生事件も、乱暴な不正操作の一つとして挙げることができる。警察・政府による自演テロ事件が、政治的な対立勢力を削ぐために利用されたのである。犯人を擁する政党として名指しされた共産党は、それまで35議席あった共産党は直後の選挙では全議席を失った。選挙結果に大きなインパクト与えた後になって、法廷では被疑者の冤罪が立証され、さらに、警察当局によるでっちあげが立証された。

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トンキン湾事件、攻撃されないなら、攻撃を捏造すればいい

1964年、米国政府はベトナム戦争に介入する口実として、北ベトナムが一方的に魚雷攻撃したとでっちあげた。攻撃されなくても攻撃を捏造して反撃を正当化するという手段は歴史的に繰り返されており、トンキン湾事件もそういった例の一つとなった。

この出来事は、日本とその隣国である韓国にとっても無関係ではなかった。なぜなら、同時期に結ばれた日韓基本協定によって作られた東アジアの戦争経済、戦争特需によって延長された高度経済成長が、その後の日本の経済構造を基礎づけ、60年安保後に不安定化しつつあった日本の体制と朝鮮戦争後の韓国の体制を、それぞれ対米従属型に固定することになったからだ。

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難民支援と難民生産の関係

同盟国Aが同盟国Bに武器を売る。同盟国Bが民族Pを迫害して、民族Pは隣国Cに流出する。もうひとつの平和主義な同盟国Dが隣国Cを難民支援する。Bは民族Qの自国移入を無制限に認めていて、Bからの民族Pの人口流出と民族Qの人口流入は同程度である。 悪いのはA~Dのうち、どれだ?

民族Qが暴力で民族Pを追い払って、土地を得る。AもBもCもDも、そのための道具に過ぎない。国家は奪い合いの道具である。

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終戦直後の軍需物資の放出

1945年8月14日の降伏決定の手続きが終了すると、鈴木貫太郎内閣は当日中に戦後対策委員会を内閣に設置し、「軍其ノ他ノ保有スル軍需用保有物資資材ノ緊急処分ノ件」を指示した。軍需物資を、占領軍上陸前に民間に放出せよ、という指示だった。

玉音放送の前日、当時の価格で1000億円相当の膨大な軍需品(米、麦、雑穀、缶詰、砂糖、医薬品、燃料、綿布、ゴム、鉄、銅電線など)が放出され、軍需工場の民営化が指示されていた。財閥解体時の大財閥の財産が3億円~5億円、当時のGDPが200億円程度だったのだから、いかにも大規模な資本流出だった。

鈴木内閣の総辞職後、東久邇宮内閣が成立すると、米軍は放出の停止を命令した。しかし政府は、8日間に渡って放出を黙認し続けた。