残業規制

「時短ハラスメント」なる言葉が使われるのだという。

残業時間を減らせという圧力の一方で、生産性を確保できず、追い詰められる人が生じている。残業する前提で仕事をしていた人に、残業しないで同じ報酬をとれるような成果をだせというのだから、無理が生じるのは当然だ。 “残業規制” の続きを読む

市場における「価格」の機能

市場における価格は、何が世の中に必要とされているのかを知る手段だ。

需要が供給を上回れば価格は上昇し、その逆なら価格は安くなる。人々は自ずと価格が高いものを生産する動機を持ち、価格が安くなってしまったものの生産から撤退していく動機を持つ。これが市場における「価格」の機能だ。

人々の自由にまかせれば、あらゆる多様な選択肢が試されていくことになる。自ずと不足する需要を満たしながら、過剰な供給がそぎ落とされていく。それが市場という巨大な装置の力である。 “市場における「価格」の機能” の続きを読む

人はパンのみにて生くるにあらず

コンビニでパンを買うときに、いったいどれだけの税金がかかっているだろうか?

小麦を仕入れれば関税で3.5倍になってしまう。そこに様々な人が手を加えれば人件費に3割以上の税金が上乗せされる。私たちが労働から賃金を得るときも、そして手にしたお金を支払うときにも税金を上乗せされる。もちろん、生きているだけでも住民税を課税されている。他にも色々な名目で税金が上乗せされている。 “人はパンのみにて生くるにあらず” の続きを読む

雇い止めを招いた法律

3カ月更新の契約で17年勤務…そして、突然の「雇い止め」

「法制度やルールをつくっても、運用する現場の方々に温かい心が通っていなければ、このように不条理なことになる。」などという人もいる。

もちろん、現場に温かい心があればよいだろう。温かい心で他の社員が減給を受け入れたり、温かい心で銀行が返済を免除してくれたり、温かい心でその会社の製品を消費者が買ってくれたらうまくいくに違いない。だが、そんなことはもちろん起きない。まったく残念な話である。

三カ月更新で雇われている人は、三カ月更新だから雇われることができていたのである。長期契約に変更するなら、もっと給料を減らさないと辻褄が合わなくなる。だけど減給を法律は許さない。

労働者の交渉の機会が奪われている。「無期雇用にしてほしいと言われたら雇用主は応じなければならない」という法律なのだから仕方がない。無期雇用にしてほしいなんて言うつもりなんて全くなくても、リスクとみなされることになる。

雇い止めされたくなかったら、期限がくるより前に待遇を割り引く前提で交渉をしないとダメなのだけど、法律が禁止している以上は雇用主から声をかけることは絶対にできない。だから、仕方ない。

この春に雇い止めされなかった側の人は、特別な地位を獲得して新しい特権階級になる。雇い止めされた側の人たちは、これまで以上に契約社員になることが難しくなる。無期雇用に転換できるような会社のポストはもはや埋まってしまったからだ。

「弱い労働者を守るための法律」が弱者を殺してしまう……そんな声も聞こえる。だが、連合のような大企業の労組が求めた法律が「強い労働者を保護するための法律」なのは当然のことなのかもしれない。一旦作られた既得権を壊すことは難しい。無期雇用を獲得した人は、無期雇用を守れと言うに違いない。

 

最低賃金法に苦しめられる弱者

女性の社会進出によって男性の所得が下がり、労働時間も長くなった

 

女性の社会進出によって男性の所得が下がり、労働時間も長くなった

女性の社会進出によって男性の所得が下がるのであれば、男性の労働時間も短くなるのが自然なのに、実際には男性の労働時間は変わらないまま所得だけが下がる。そんな話がなぜ起こるのだろうか?

外で働くと得だと思った女性が勝手に働くようになったなら社会の効率はよくなるだろう。だが、外で働くと損だと知ってる女性が外で働くように強制的に税金で調整し向けたのだから、生産性は悪化して当然だ。

そうでないとしたら、働かなかった女性は単に間抜けだったという話になる。もちろん、そんなはずはない。誰しも一生懸命生きていたはずだ。

個別の事情はともかく政策的には、保育や育児といった価値のある仕事を税金を使ってタダや格安にしてしまったり、女性を雇った企業に補助金を配ったりしたのだから、所得水準が下がったとしてもまったく当たり前の結果だ。全体の生産性を強制的に落とした上で、下駄を履いた女性と男性を競争させているわけだから、まったく仕方ない話なのである。

自由な選択を政府の強制力によって捻じ曲げることによって、常に効率は悪化する。それを誤魔化すためにさらに政府の強制力によって対策することを求めれば、さらに効率は悪化する、どんどん悪化する。果てしなく膨張する不幸を我慢せよ、人々が政府に規制や優遇を求めるならそれは当然の結果だろう。

政府の中の人は、はたして本当に税金を使った女性の就労の補助で生産性が高まると考えたのだろうか?単に政党の支持基盤を強化したいがために、調子のよいことを言っていただけではないだろうか?

最低賃金法に苦しめられる弱者

最低賃金法の影響に苦しめられる弱者

最低賃金以下は働くなという規制がある。時給400円でいいから雇ってくれ、ホームレスにそんなことをいう権利はない、法律で規制されているからだ。だから、空き缶を必死に集めて現金を作る。

ホームレスは行政に助けられれば良いという人もいる。だけど、行政は多様なホームレスを助けることができない。決められた紙切れを出さないと行政は助けてくれない。最低賃金法を強制するなら、行政はあらゆる失業者を救済するべきだが、現実にはそんなことはできていないのである。

ホームレスだけではない、最低賃金以下で職にありつけない人は最低賃金以上を稼げる職業に就くことを強制される。最低賃金法のせいできつい労働を選ばざるをえなかったり、心や体のストレスの大きな仕事を選ばざるを得なくなっている人もいる。

たとえば、「最低賃金以下で就業できないから性産業に従事する人」や「最低賃金以下で就業できないから過酷な重労働に従事する人」を役所は救済するだろうか?そんなことはもちろんできない。望んでそうしている人と、望まずに(最低賃金法のせいで)そうしている人を区別する方法がないからである。

かつては安くても楽な仕事があった。本を読みながらでもできるような店番で、少しでもお金を受け取ることができたから、学生や老人やけがをした人でも、収入を得る機会があった。しかし、最低賃金法は最低賃金以下は働くことを許さない。

最低賃金法は、大企業の労組が求め続けた雇用規制のひとつだ。そこで働いている人はホームレスやその他の弱者のことなんて考えない。別のやり方でなんとかしろと言えばいいと思っているのかもしれない。だがその実際は、弱者が這い上がることを予防して、自分たちの地位を守っているだけだ。

雇い止めを招いた法律

NHK受信契約の強制と天賦人権論

NHKの受信契約を強制することができるとの最高裁判決が話題だったので、メモを残す。(以下、カギかっこは判決要旨から。)

「放送は、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきものである。」

本来の意味では、「知る権利」はそもそも言論・表現の自由を政府が邪魔しないことによって生じるものだ。それがひっくり返って、知るべき情報を政府が管理して与えることを「知る権利」と呼んでしまっているのである。

「放送法は、公共放送事業者と民間放送事業者が各々その長所を発揮するとともに、互いに他を啓もうし、各々その欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく、二本立て体制を採ることとし、その一方を担う公共放送事業者としてNHKを設立し、民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体として性格付け、これに公共の福祉のための放送を行わせることとした。」

「放送法が、NHKに営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止し、事業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料によって賄うこととしているのは、NHKが公共的性格を有することをその財源の面から特徴付けている。」

放送法の存在自体が、知る権利、言論・表現の自由を捻じ曲げる前提の上にあると考えた方が良いかもしれない。立法府がどのような動機で法律を作ったからといって、裁判所がそれを斟酌して根本的な自由の概念を捻じ曲げるべきだろうか?

「こうした財源についての仕組みは、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響がNHKに及ぶことのないようにし、現実にNHKの放送を受信するか否かを問わず、受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、NHKが全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。

いうまでもなく、こうした財源についての仕組みこそが、国家権力による支配や影響がNHKに及んでいる理由である。受信料の強制は本質的には税金と変わらないし、それは国家によって与えられている特権である。

「NHK存立の意義及び事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨は、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし、そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものである。」

法律の究極的な目的は、「健全な民主主義の発達」よりもむしろ全ての国民の幸福追求の自由を守ることであるべきだろう。そこには知る自由や財産の自由が含まれて当然ではないだろうか?

無責任で危険な公営事業

国家による暴力の独占とヤクザ

国家による武装・軍備の独占を廃止して、国民の自由な武装を認めることで、国による暴力の独占を廃止し、憲法9条を守りながら、自分たちの自由を守る権利を得ることができる。

国家による軍備を廃止して民間の防衛の自由を認める想像上の社会では、もちろん民間防衛会社が発達するだろう。防衛を必要と感じる人々が、カネを払って安全を手に入れようとしないはずがないからである。

民間防衛会社とか民間軍事会社という言い方をすると、ヤクザやマフィアのようなものを想像する人もいる。だが、武装が自由な社会での民間防衛会社は警備会社や保険会社や弁護士事務所と大差ない穏やかな性質の存在になるに違いない。その理由を以下に示そう。 “国家による暴力の独占とヤクザ” の続きを読む

世代間で奪い合う社会

本当に自分にとって他人の子供を育てることが大切だと多くの人が感じるなら、政府が強制するまでもなく、人々は勝手に身の回りの子育てする人を大切にしているだろう。

本当に自分にとって年長の人を大切にした方が得だと感じるなら、政府に強制されるまでもなく、若い人は年長者を大切にしているだろう。

だが、 政府の強制的な社会保障は、個人の良心や善意に基づく助け合いを不可能にしてしまう。老人が苦しいから後発世代から搾取しろとか、子育てするからといって他人から政府が強制的に奪えとか、そんな話になったら善意や良心で結びついた関係が無くなっていくのは原理的に仕方あるまい。

強制が善意とか良心を潰すというのは、損得の関係を殺すからである。助け合いは損得と関係なくやるべきだと言う人は、それがどれくらい乱暴な話なのか分かってないことが多い。だが、お前は損を我慢しろと言っているだけなのだから、当然なのである。

政府の作ったレールに乗っかって生きるとゆりかごから墓場まで約束されると言う話ならまだ分からないわけではない。だがとっくに、政府の人生設計から外れたら過酷な人生になるという話になっている。政府の強制力によって実現するものに、優しさはない。

政府に依存する限り、殺伐とするのは仕方ないのではないか?

ナチスの社会福祉政策

破綻した公教育の清算を考えたらどうだろう?

部活を含む公教育が経営に失敗していて非効率だらけで実質的に破たんしていて賃金すら払えていないという。未払いの残業代を積算すると国と地方を合わせて9000億円に達するという試算もあるそうだ。

だが、文科省の経営の失敗のツケを、まともに経営して賃金を支払い、税金を納めている人々にさらに負担を強いてどうこうしろという話にしてよいはずはないだろう。

税金を使った事業が失敗したとき、こっちで足りてないから、そっちのカネよこせとか民間が作り出した利益をもっと税として奪えば解決できる、って話にしてしまうことは財産権を侵害する徴税権の乱用であるから、本来的に許されない。

本気で代替案を考えるなら、国による教育の独占供給を廃止し、市場にまかせるしかない。賃金を払えなくなったときに民間企業がそうなるように、国が事業を畳むしか答えはなさそうだ。

一部の人は、憲法26条が義務教育を定めているから公教育を守るべきだというかもしれない。だが、役人の失敗のために私有財産を奪ってよいという道理も、そのために人々の幸福追求の自由が制限されてよいという道理も、憲法にはない。

そもそも「普通教育」の範囲を実現しうる限度を超えて拡大解釈してきた文科省が間抜けだったというだけの話ではないだろうか?

文科省の奴隷としての教員

残業規制

民主主義国家に憲法が必要な理由