企業家

多くの人は、自分が何ができるのかを発見して、稼ぐ。

何もできないかに見える人が、実は何かできるのだと発見するのは本人ではなく第三者である企業家だあることもある。けれども企業家は、 実はたかだかその人の成果と他の人の成果を合意できる範囲で交換できるように仲介して、そこから合意されうる範囲で手数料をとっているに過ぎない。

この範囲を超えて強制的に再分配をしようとすると、 何もできないかに見える人には取引相手も仲介してくれる企業家もいなくなり、取引ができなくなる。つまり、稼げなくなる。

実際の現代社会では、強制的な再分配を公権力によってやろうとして失敗が積み上がっており、さらにそれを取り繕うために強制的徴税による福祉を求めたりしている。そういう社会では、 何もできないかに見える人は次第に稼ぐ手段を失い、悲惨になっていくとしても仕方ない。

なんだかんだ言っても金本位

あとは野となれ山となれでお金を刷ってバラまいた。

そこまではよいけれど、次に来るのは事業者が「インフレに勝てるほど稼ぎ続けられますか?」と問われる段階だ。政府がカネを刷ってバラまくと実際に金や銀の価格が上がってしまう。印刷すれば増えてしまう通貨の価値が、そもそも有限である貴金属に対して相対的に安くなってしまうからだ。慢性的に政府がカネを刷る社会では、この傾向が止まらなくなる。

「商売するより金・銀でも買って寝ていたほうがマシですね」と市場にみなされた事業者は投資対象とみなされなくなり、消えていく、お仕舞い。そこで働いていた人は失業する。

機械を買って設備を整えて人を雇って事業を営むより、貴金属のかたまりを買って寝かしておいたほうが儲かるとしたら、はたして事業を続けようとする人はどれだけいるだろうか?人をクビにして機械を売ってしまった方が得だとわかっているときに!(一刻も早く売らないといけない!)それを阻止するために政府がお金を刷って配ろう、、嗚呼、また貴金属価格は上昇してしまった。

国債刷って補助金じゃぶじゃぶ配っても、そのせいで通貨が安くなってしまうなら、どこかでこういうことが起こり始める。

多くの企業の株価が事業の持続性が疑われるような水準まで下がっていく。資金調達ができなくなれば、実際に事業は継続できなくなる。かくして消費財の生産も減ってゆき、値段が上がっていく。このような社会では「生活ができないから賃金をあげろ!」と騒いでも、誰にも響かない。ただ、物価の上昇と雇用の喪失を経験する。

不景気というのは事業を縮小して金に換えたほうが得する時期のことを言う。人を雇って何かを生産するよりじっとしている方がマシだからそうするのである。資産を持つ人がそういう投資行動をとったら、資産家のおこぼれを得て暮らしていた人は生活することができなくなるだろう。そうなったらいくら騒いでもどうにもならない。自力で商売をはじめて稼ぐとしても、いったいどうやって資金を調達しよう。二進も三進もいかなくなってしまう!

この不幸は、政府がカネを刷ってバラまくのを人々が止めさせるまで続く。

金本位制じゃないから紙のカネならいくらでも刷れるといくら言っても、 実際のところ、私たちは現物本位だ。