フリーランスに産休を与えるというアイディアの恐しさ

フリーランスに産休を与えるというアイディアがまことしやかに語られるようになってきている。

フリーランスにとって休業のコストはまったくそれぞれ違う。 人によっては単に収入がなくなるだけだが、人によっては一日休めば百万円かかる話になる。それを完全にカバーする公平なセーフティネットなど、原理的にあり得ないし、どこまで保護するべきかを線引きすることの妥当性もない。

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自由権と社会権と人権

顧客は相手の仕事に納得して対価として払っている。

本人が望んで誰かを助けようとするならともかく、第三者が横から取り分をよこせという権利はそもそもないはずである。この関係をごまかしてしまうと、助け合いではなく奪い合いになってしまう。

本来、人権とは他者から自由を奪われない権利のことであった(消極的自由, 自由権)。 そもそもないはずの第三者が横から取り分をよこせという権利を、政治が作ってしまった。それが、社会権というものである。つまり、政府が税金を使って(他人から強制的に経済的自由を奪って)誰かに強制的に分配することが人権を政府が守ることであるという考え方のことだ。

たとえ民主主義に基づく決定といえども人々が幸福を追求する自由を邪魔してはならない。そういう考え方に基づいて、憲法が政府を縛ったはずである。ところがいつの間にか、憲法を口実に「人権」を守るために人の自由を縛れという形に、さかさまに読み替えられてしまったわけだ。

他者の自由を侵害することによってしか成り立たないものへと人権の概念を拡張すれば、権力は肥大し、人権は闘技場の中に入る権利を意味することになる。

もともとの人権の概念も、もともとの憲法の意義も、何もかも破壊してしまったとしたら、民主主義を掲げる国家に何が起こるだろうか?

そんな実験が進行中だ。

民主主義国家に憲法が必要な理由

 

 

法定結婚制度の意義

選択制夫婦別姓や同性婚が議論になるといつも、「他人の自由度を増やすだけで嫌なら自分が選択しなければよいだけなのだから反対する理由なんかないはず」という人がいる。

それをいうなら……と言えば、いくらでも結婚は拡張できる。 “法定結婚制度の意義” の続きを読む

国の科学研究予算って本当に必要ですか?

国立大学が国立行政法人化して20年近い期間が経とうとしている。

大学の中にいる人はしばしば訴える、『基礎研究が大切である。』これは、至極もっともな話である。科学に限らず、あらゆる学問の歴史を振り返れば、基礎研究をおろそかにして長期的な発達があったとも思えない。

頭脳が集積する大学という教育研究機関で行うべき研究は、大学でなくてもできる近視眼的な仕事ではないはずだ。

研究者はいう、いわゆる「競争的資金」ではなく、裁量で使える予算配分がもっと欲しいと。 “国の科学研究予算って本当に必要ですか?” の続きを読む

分業コストを上昇させる政策の症状

(恵方巻とか、バレンタインのチョコレートとか、クリスマスケーキとか……なぜ楽しいはずのものが、楽しいと感じられなくなるのだろう。)

租税や許認可や規制・優遇といった政府の介入で分業のコストが上昇するほど、大企業によるコンビニみたいな画一的な経営に集約し、人々はそこにある画一的な商品に群がり、演出される意味の薄いブームに振り回され、虚しさを表明するようになる。 “分業コストを上昇させる政策の症状” の続きを読む

穴だらけの公営社会保障への加入強制は違憲でしょ?

多くの人が気づいているように、国の福祉というのは、本当に穴だらけだ。

役人が「適正」ならそんなことあり得ないはずだろうが、実際に穴だらけなのだからどうしようもない。困ったことに、私たちは強制的に財産を奪われることで、そんな穴だらけの制度に依存することを、強制されている。

民間の保険会社や慈善団体から市場を奪って公が税金をつかって独占しているのだから、公務員の間抜けを放置したら生命にかかわる。 不完全にしかできないなら、せめて、強制をやめるべきだ。 “穴だらけの公営社会保障への加入強制は違憲でしょ?” の続きを読む