公営保育園の拡充を要求する経団連と連合

公営保育園の拡充を求める政治的な声が強まった。その大きな流れを作ったのは、反アベでも家庭の母親の叫びでもなく、経団連と連合だった。人々のエネルギーは政治的に都合よく利用されただけだ。 “公営保育園の拡充を要求する経団連と連合” の続きを読む

性行為の合意

ある人が言った。

『恋愛とセックスを「再分配」しろっていうのは、一人の権利をある程度向上させるために別の人間の権利を大幅に侵害するって話なので、人権侵害を肯定せずに肯定できる話ではない。』

おそらく、件のエマ・ワトソンのスピーチに関連しての言及だろう。 “性行為の合意” の続きを読む

ナチスの社会福祉政策

「福祉国家」という考え方は、ファシズムを必然的に導く。人々は、膨張する政府を止める手段を持たないまま、深刻な自由の喪失を経験することになる。

国家による高い社会保障を要求する福祉国家の考え方は、政府が失敗する存在であるという点を無視しがちだ。政府は必ず失敗するが、その失敗の責任をとらずに納税者に転嫁してしまう。そのため、政府の失敗は必ず膨張してしまう。膨張する政府を正当化するため、政府はどんどん自由を奪っていく結果となる。

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お金をどうして政府が作り、政府が信用を担保するべきなのだろうか?

お金をどうして政府が作り、政府が信用を担保するべきだと決めつけられるのだろうか?政府が勝手に紙切れを貨幣とすることを強制しているのは、決して正しいことではない。

紙切れを印刷するだけで、政府は人々の財産を目減りさせ、奪うことができてしまう。たかだか政府が破綻するだけで、人々の財産の価値がなくなってしまう。 そんな政府の貨幣が正しいものであるはずがない。 “お金をどうして政府が作り、政府が信用を担保するべきなのだろうか?” の続きを読む

「愛されやすい人柄」を演じなければならない社会

「愛されやすい人柄」というのは特殊スキルであり才能であり、それを持ってると色んな人が助けてくれるので生きていきやすい。だから、それを持ってない人でも公平に助けるのが公的扶助の役目だ。こういう主張をする人がいた。

これ、間違いだ。弱者は公的な救済に頼れという政治家や役人が大好きな言い回しには、多数決に認められるほど可哀想な人になって、政党の票田になるほど集団化して、政府の強制力の傘の下に入りなさいという論理が隠れている。 “「愛されやすい人柄」を演じなければならない社会” の続きを読む

1961年に描かれた「10年後の國民生活」

池田隼人政権下で実施された所得倍増計画のプロパガンダの一例として、1961年に経済企画庁の役人らが編纂して発刊された「10年後の國民生活」(國民生活硏究会 東洋經濟新報社)をあげる。

「倍増計画達成の際において国民生活のあるであろう姿を、具体的、写実的に」書いたという触れ込みだった。この中で、国民年金や老人福祉の発達は下ように描かれる。当時はベストセラーになるほどだったという。 “1961年に描かれた「10年後の國民生活」” の続きを読む

国家を清算しなければならない理由

法律は常に正しく作られるとは限らない。

かつて国家が奴隷制を合法としていたことは、疑いようもなく罪である。人間の自由を国家が法律によって奪っていたからだ。

他人の財産の自由を奪う徴税を国家はまだ合法にしている。本当にそれでよいのか?疑った方が良い。 “国家を清算しなければならない理由” の続きを読む

マイノリティを排除する政府と、マイノリティを発見する自由市場

自由市場が少数弱者を無視するという主張は、政府のプロパガンダに過ぎなくて、市場に少数弱者を放置させるバイアスをかけているのは政府に他ならない。

「政府によって歪められた市場で少数弱者が無視される」のであって自由市場で少数弱者が無視されるというのは全くの錯誤だ。 “マイノリティを排除する政府と、マイノリティを発見する自由市場” の続きを読む

表現の自由と政府の衝突

表現の自由とは、「政府あるいは民主主義が表現を規制しないこと」。ところが、「誰もが表現を存分に行うことが望ましという態度のこと」だと書いた人がいた。これはよくある勘違い、あるいはごまかしだ。なんでこのようなごまかしが生じるのか考えてみることにした。 “表現の自由と政府の衝突” の続きを読む