「権力は自分の望む姿であるべきだ、私が悪いとみなすものを政府は規制しろ」

「権力は自分の望む姿であるべきだ、私が悪いとみなすものを政府は規制しろ」そんなのは、独裁者になりたいというのと同じである。

結局、自分に都合の良い理想の暴力を正当化して、それは暴力でないと誰かが決めてくれることを求めているだけだ。

そんなことを望んでも、実際に作られるのは自分に都合の良い暴力ではない。既成の枠組みで優位になる集団にとって都合の良い暴力である。

望むことはできる、だが、いつまでも権力を否定せずに現状批判に終始することになる。

決定者を責任者とみなすことで自分が免責されたいという態度は、結局のところ自分の生き方に対する責任の放棄から生じている。

自分に対して無責任な人をいかに増やすかというのは政府のあらゆる政策の先にある。

自分に対して無責任な人が、政府の権力拡大を求め、さらに自分に対して無責任な人を増やしていく。

自分に対して無責任な人が、多数決で権力を作ることを正当化し、しかも多数決で優位にある。

自己増殖する癌細胞みたいだ。

 

自由を奪われることで、良心は殺される

実際には国債を発行して将来に費用をつけまわす教育の「無償化」や、税金による保育や福祉の拡充が語られる。

税金によって嘘の無償化や嘘の割り引きをされた事業は、目の前の消費者に対する競争をしなくてよくなる。これは、公共事業一般に語られる深刻な腐敗の原因である。だが、消費者に対する競争が終わって終わりではない。そこから、役人に紙切れを書く競争が始まるのである。

無意味な課題を強制され、目に見える問題を解決せず放置することを強いられるようになる。こうして、自由を奪われることで良心は殺される。

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政治の犯罪

他人と合意して取引する、そして結果的に失敗する。そうなったら、契約の範囲内で債務の不履行を弁済しなければならない。

合意していない他人の財産を奪って何かの使途に支出することを強制する、それで失敗した。そうなったら、被害を弁済しなければ犯罪者として懲罰を受けなければならない。

前者が商取引における失敗であり、後者が政治権力の行使における失敗の話だ。ところが実際には政治家も公務員も被害を弁済することもなければ収監されることもない。

人が一生かかっても返せないような損害を生じさせても、建前を掲げながらのうのうと生きている。このような犯罪を無くさなければならないのは、当然である。

政治から自由になる

現実に私たちは政治に自由を縛られている。

私たちは、政治の作り出した観念に縛られてしまってしまいがちで、それを当たり前のことだと思い込もうとしている。けれども本当は、政治から自由になりたいと感じている。

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難民支援と難民生産の関係

同盟国Aが同盟国Bに武器を売る。同盟国Bが民族Pを迫害して、民族Pは隣国Cに流出する。別の同盟国Dが隣国Cを難民支援する。Bは民族Qの自国移入を無制限に認めていて、Bからの民族Pの人口流出と民族Qの人口流入は同程度である。 悪いのはA~Dのうち、どれだ?

国家が奪い合いの道具として悪用されている。民族Qが暴力で民族Pを追い払って、土地を得る。AもBもCもDも、そのための道具に過ぎない。

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