公務員はなんで間抜けな業務を放置するのか?

公立学校や役所の中のひとたちは「こんなの非効率だから民間の真似をしろ」というのに、なんでそんな非効率が発達したのかを考えないことにする。

目の前にあるものが間抜けだからやめようと言おうにも、それはダメだで放置されるという話がゴロゴロ落ちている。それはなぜか?

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公務員の報酬の妥当性

公務員も労働に「見合った」報酬が得られるべきだという人がいる。だが、見合った報酬とはどのようなものだろうか?

民間企業の人であれば、払いたいと思うお客さんから受け取ったお金を受け取るし、払いたいと思う雇用主から受け取った賃金を受け取る。双方の合意に基づいた取引の中で価格が決まって、合意できないならそもそも価格がない。だから、合意によって成立した価格は見合っていると言えるのである。

公務員に関して言うなら、「公務員の妥当な報酬を決める方法は、そもそも存在しない」というのが正しいだろう。欲しくないサービスを供給されても、普通は要らないということができる。ところが、公のサービスに関して言えば欲しいか欲しくないかと拘わらず税金を負担させられてしまっているからだ。

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公務員の待遇を良くするための合理的な方法

公務員の給料を増やせ、そんなことを言う人もいる。だけど、納税者としては違和感がある。なぜだろうか?

たしかに私たちは公のサービスを使う。けれども、だからといって税負担を増やすことの妥当性はそもそもよく分からない。なぜなら、それが本当に最も安上がりな手段なのか私たちには分からないからである。それどころか、きっと割高であろうと感じている人も少なくない。実際のところ、お役所仕事が非効率だということは、多くの人が知っていることなのである。

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自由市場の機能と社会主義経済の失敗

『競争原理が必要なのは、その前提として「必要なものが足りない」からであって、うまく政府が分配すればみんな満たされる「足りている状態」なら、競争する必要はないはずである。』これは、しばしばみられる勘違いであって、因果関係をひっくり返してしまっている。

というのは、「必要なものが足りている状態」は自由市場の機能によって生じうるのであって、「必要なものが足りない状態」には政府の介入によって陥るからだ。 “自由市場の機能と社会主義経済の失敗” の続きを読む

性行為の合意

ある人が言った。

『恋愛とセックスを「再分配」しろっていうのは、一人の権利をある程度向上させるために別の人間の権利を大幅に侵害するって話なので、人権侵害を肯定せずに肯定できる話ではない。』

おそらく、件のエマ・ワトソンのスピーチに関連しての言及だろう。 “性行為の合意” の続きを読む

暴力

  • 「お前の子供は誘拐した、助けたければ金をよこせ」
  • 「お前の子供は病気だ、薬が欲しかったら金を払え」

第三者に許されることは、誘拐された子供を取り戻すことを手助けするか、病気の子供を治す手助けをすることである。

他の人から金を奪いとって困っている人に渡すことは正当化できないし、薬を持っている人から強制的にそれを奪い取ることも正当化できない。

誘拐は身体の自由を奪う行為である、金を奪い取ることは財産の自由を奪う行為である、薬を奪い取ることも財産の自由を奪う行為である。他者の自由を奪う行為はそもそも正当化できないのである。

 

 

お客様は神様

取引は自由な合意に基づかなければならない。

モノを買うとは、作った人の時間を買うということ。金を払うとは自分の過去の時間を差し出すということ。相手の時間と自分の時間を合意できる割合で交換する。合意できないなら交換しない。

対等な取引は当事者同士の自由な合意によってなされる。そうでなければ奴隷だ。自由な合意を第三者が変えさせるとしたら、人の人生を強制的に奪う搾取である。

「お客様は神様」というのは客を選ばないという宣言だ。どんな人が来ても同じように扱う、客を選ばない、っていう話なのだ。人を選んではならないと信仰する社会があって、「お客様は神様です」と信仰して客を選ばない経営者がいて、「経営者は神様です」と信仰して雇用主を選ばない従業員がいる。全部同じ宗教だ。

「経営者は客を選んで追い出すべきである」と感じる従業員もいるだろうけど、そう感じるなら従業員も経営者を選んで別の雇用主を見つけるという道を考えてもよいだろう。相手を選ぶことができなっている理由があって、そこから逃れることができず、誰かが強制しているとしたら、そこにある搾取は取り除かれるべきだ。でも、誰も強制しておらず、選ぶことができるなら、自由の力を行使すればよい。

人を選ぶのは自由、それが対等であるということだよ。

 

 

 

 

 

 

 

怠惰の強制

「労働がどれだけの価値を生み出したか」ではなく「生きていくのにどれだけの費用がかかるか」によって給料が決まる。そんな社会を想像してみよう。

これを、怠惰を奨励する社会であると批判する人がいる。あるいはその批判に対して、怠惰を許さない社会よりマシであるとする人もいる。

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自民党の党是

「改憲は、立党以来の党是」と自民党は言う。

実際、日米安保体制を正当化するか、日米相互防衛条約に移行するか、いずれにしろ憲法改正が必要だという態度は1955年から変わっていない。そして、 岸政権以降は前者が一貫している態度である。

自民党の改憲を根本から否定したければ、日米安保体制そのものを否定すればよいわけだ。だが、民進党はそんなことは絶対にしないし、野党共闘なんてカードをだした共産党も実質的にそれを放棄した。

今となっては、与党も野党も日米安保体制の枠組みの中に利権を持っている。それをなんだかんだと言い換えても、ごまかしから生まれるものはごまかしでしかない。建前と利権の膨張しかないというのが、実際に半世紀以上ずっと起きてきたことである。

それは実際に半世紀以上ずっと起きてきたのに、今回は酷いとか今回は最悪とか言い続けるのも変なのだ。なんで、今までの分は否定しないのか?要するに、そこにぶら下がっているから、否定できないのである。

なぜ、政府の与えるものにぶら下がろうとするのか?それをやめなければ、権力に従属するだけだ。