トンキン湾事件、攻撃されないなら、攻撃を捏造すればいい

1964年、米国政府はベトナム戦争に介入する口実として、北ベトナムが一方的に魚雷攻撃したとでっちあげた。攻撃されなくても攻撃を捏造して反撃を正当化するという手段は歴史的に繰り返されており、トンキン湾事件もそういった例の一つとなった。

この出来事は、日本とその隣国である韓国にとっても無関係ではなかった。なぜなら、同時期に結ばれた日韓基本協定によって作られた東アジアの戦争経済、戦争特需によって延長された高度経済成長が、その後の日本の経済構造を基礎づけ、60年安保後に不安定化しつつあった日本の体制と朝鮮戦争後の韓国の体制を、それぞれ対米従属型に固定することになったからだ。

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国家の起こしたテロ事件『菅生事件』と破防法の成立

日本には警察が組織的にテロ事件を行った歴史がある。

共産党員が容疑者とされた菅生事件という駐在所爆破事件がおきたのは、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年のことだった。この事件は当初、共産党員による犯行とされた。この事件は、一か月後の破壊活動防止法成立を後押しすることになったのみならず、講和と同時に結んだ日米安保条約(内乱鎮圧条項を含んでいた)を正当化する口実として用いられた。

「主権回復」がさかんに宣伝された講和条約だったが、当初から権力固定のために政府による不正な操作が用いられていた。体裁として独立したとしても主権が回復したかどうかとは区別して考えなければならない。

菅生事件も、乱暴な不正操作の一つとして挙げることができる。警察・政府による自演テロ事件が、政治的な対立勢力を削ぐために利用されたのである。犯人を擁する政党として名指しされた共産党は、それまで35議席あった共産党は直後の選挙では全議席を失った。選挙結果に大きなインパクト与えた後になって、法廷では被疑者の冤罪が立証され、さらに、警察当局によるでっちあげが立証された。

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古代から明治政府へと続く日本の性産業の歴史

管理売春は人身売買の一形態となりがちであり、日本では古代の奴隷制に由来する非常に長い歴史がある。古代の奴隷制は、支配者を権威化・儀式化し、信仰の対象として発達するとともに、権威主義的な王権を成立させた。大化の改新後も、神官の権威を血縁主義によって引き継ぐことになった貴族達が姿を変えながらその構造を引き継いでいった。奴隷交易と性産業は結びつき、さらに神道と互助関係を形成した流れが起きた。結果的に、日本では、奴隷制に由来する人身売買とその一形態である組織的売春は、古くから巫女・神社に結びついた。

江戸時代末期には、討幕運動とも結びつき、明治以降も政府と非合法結社の癒着した構造を経済的背景として時代を下っていくことになる。政府と性産業・人身売買の癒着構造は、遊郭における年季雇用、殖産興業における女工の年季雇用、戦時中の従軍慰安婦への流れを作り出し、近代においてもしばしば政府が干渉し、性産業や人身売買に対して独占を支援する政策をとった。

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政府がヤクザを動員した歴史【アイク歓迎実行委員会】

政府は、日米安保体制の構築の過程では、反対運動を「警備」するための警察官の数の不足を補うために、右翼団体やヤクザを動員した。

1960年、米国のドワイト・D・アイゼンハワー大統領の訪日前の日米安全保障条約の批准を予定していた。国民の反対の声は強く、連日10万人規模のデモが行なわれる状況にあった。この際、自民党安全保障委員会は、右翼団体や暴力団の有力者と結びつき、テキ屋、旧軍人、消防団関係、宗教団体、右翼団体、暴力団などを動員し、左翼の集会に殴り込みをかけさせた。

実は、現代へと繋がる街宣右翼、広域暴力団の大規模化は、この頃から始まった。日米安保体制は暴力団や右翼団体と切って切り離せない関係を帯びることになっていく。 続きを読む 政府がヤクザを動員した歴史【アイク歓迎実行委員会】

400年前から続く、日本による沖縄支配の歴史

琉球諸島は、現在日本の支配下にある地域であり、多くの日本人が沖縄県は昔から日本の一部であったかのように錯覚している。だが、もともと沖縄は琉球という一個の独立国家が維持されていた地域だった。日本では植民地とは呼称されないが、実際には帝国主義の時代の典型的な植民地支配と同様の性質を持っている。つまり、外からの暴力による支配があった。

この構図は、その歴史は今からおよそ四百年前、江戸幕府の指示で薩摩藩が軍事的に制圧し、実質的な植民地支配を獲得したところから始まる。江戸期を通じて、中国王朝との柵封関係も維持したことから、政治的に少し複雑な話になる。後に大日本帝国へと引き継がれると中国政府との関係は切り離され、第二次世界大戦中にはアメリカ軍による軍事的占領に至る。日米安保条約に反対する声を緩衝する目的で1970年代に沖縄返還がなされた後も、軍事拠点としての役割を背負っている。

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終戦直後に作られた国家事業としての巨大売春所,特殊慰安施設協会(RAA)

日本政府は、ポツダム宣言を受諾して太平洋戦争が終結すると直ちに、特殊慰安施設協会と称する事業を国家主導で開始した。シカゴ・サン東京特派員が「世界最大の売春トラスト」と呼んだ巨大事業は、ポツダム宣言受諾直後から連合軍が上陸するまでのわずかな期間から急速に展開した。

全盛期には日本人女性7万人が売られた。この出来事は、終戦のどさくさで一部のヤクザがよからぬことを企てたという話ではない。国家の中枢にあった官民にわたる大規模な構造が、独占していた立場を利用して、国民から奪える限りのものを奪い、それを足掛かりに自らを温存し、戦後日本に強い影響を残すことになったという話なのである。

敗戦に至ってもなお国民を利用し、経済的背景と強力な連携を確保し続けた権力は時代を下って現代に至るまで国家の中心に居座り続け、しかも終戦のその瞬間にさえ暴力をふるっていた。

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