同性愛者差別を教えられない学校

滋賀県の公立小学校でのいじめ防止授業で、登壇した女性弁護士が「100人に1人が同性愛者なので、この中にもいる」と発言したことについて教育関係者や弁護士会が問題視していることが話題になっていた

その発言は、子供たちの中に同性愛者探しを引き起こし、いじめを招くというのだ。まぁ、たしかにそういうこともあり得るだろう、容易に想像できる。

というのも、嫌な相手と距離取る、無視する、生理的嫌悪感を抱く、そこから去る、不参加を選ぶ、という自由を認めない「学校」という異常な空間での話だからだ。

嫌な職場からは辞めればよいし、嫌な客との取引は断ればよい。相手を選ぶことは、誰もが持っている当然の権利だ。そこに、理由なんて必要ない。これは、職業選択の自由とか、営業の自由とか、思想信条の自由とか、幸福の自由といった、自由権によって説明される。

ところが学校という異常な空間では、強要や暴行といった純然たる暴力と、まったく当然の権利行使(無視する、距離を取る)を抱き合わせて「いじめ」と呼ぶのが「学校」という異常な場所である。…………距離をとることができないあまりに自殺する生徒もいるくらいだ。

そもそも強制的な公教育こそが本質的に暴力なのであり、「多様性」を前提としたものではまったくない、ということを認めていれば、たしかに前述の弁護士の発言は「配慮を欠いた発言だった」と言えるだろう。

 

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