多様性を尊重する

みんなで決めたからお前も従え、それを成り行きや雰囲気、あるいは「説得」で通そうとすることを嫌だと感じる人は少なからずいるだろう。なのに、民主主義はそれを合法化してしまう。多数がそれに肯定的なのは、実は単に誇大広告による思い込みなのかもしれない。

大切なのは、他者のあらゆる多様な選択を尊重することだ。そして、誰かの選択のために別の選択をする人に負担を強いないことである。

多数が良いと思う教育を実施するために、良いと思わない少数に負担を強いたり、多数の選んだ代表が良いと判断した国策事業を実施するために全体に負担を強いるのであれば、多様性を尊重することなどかなうはずがあろうか。

デモクラシーによる強制が個人の多様性にあわせるべきというのは原理的に不可能なので、個人の多様性が無視されることが問題ならデモクラシーであれなんであれ強制をやめて市場に委ねるしかない。

  • 人が嫌がることを強制しないで、他人が自由に選ぶことを尊重しよう。
  • 相手が不満だというなら相手が喜ぶ対価をちゃんと払って調整しよう。
  • 調整の努力をしても合意を得られないなら強いることなくあきらめよう。

市場競争とは、互いをより幸せにできる関係を発見していく競争であって、政治の競争のように声の大きさで相手を捻じ伏せる競争ではない。政治とは本質的に暴力だ。強制を廃し、自由な合意を尊重することが市場化である。

恋愛でも仕事でも一緒だ。市場に委ねるとは、暴力をやめてまともな人間関係に戻せ、ということなのである。

おそらく人類の大多数は、みんなで決めたからといって強制されることを幸福とは感じていない。強制して押し通せば殴られることに怯え続けなければならないことにも、薄々気づいている。政治的な殴り合いの中でたまに権力者が叩かれることがあるとしても、現実にしわ寄せされるのは弱者だ……ということにも気づいている。

とっくに私たちは人々の議論をいくらでもシェアできる時代を生きている。その結果に従うかどうかを個人が自由に判断すれば十分だろう。かつて奴隷制が否定されたように、遅かれ早かれ政治は否定されると思っている。

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