公務員の待遇を良くするための合理的な方法

公務員の給料を増やせ、そんなことを言う人もいる。だけど、納税者としては違和感がある。なぜだろうか?

たしかに私たちは公のサービスを使う。けれども、だからといって税負担を増やすことの妥当性はそもそもよく分からない。なぜなら、それが本当に最も安上がりな手段なのか私たちには分からないからである。それどころか、きっと割高であろうと感じている人も少なくない。実際のところ、お役所仕事が非効率だということは、多くの人が知っていることなのである。

私たちは、対価を直接払っていないようで、税金を介して公営サービスの代金を強制的に払わされている。

本来なら、私たちは市場にあるサービスの中から、自分にとって割安なものを選ぶことができる。そもそも割高なものは選ばないし、そんなものが世の中から無くなったとしても知ったことではない。

行政が供給するようなサービスは、多くの場合代替の選択肢が存在しないか、高付加価値を設定した高価なサービスがあるだけだ。というのも、もっとも利用者の多い割安のサービスを、行政が税金を使って独占的に供給しているから、正面から競合する民間サービスは発達する余地がないのである。

公立学校の先生や、水道局の職員が、どれだけ頑張ったといっても、本当は、もっと効率よく仕事をして割安に供給できる人たちから買えたはずのものを(権力によって独占されてるから)割高でも選ばざるを得ないというだけである。

私たちは、政府の独占によって代替の選択肢が消されている状況では、それが割安なのか割高なのかはっきり判断する材料がない。政府の独占によって、選択肢がないからだ。

強制的にサービスを売りつけるのであれば、少なくともそれはもちろん無駄のない洗練された完全なものでなければならないだろうし、非効率なんてあってはならないはずである。

だが実際、公立学校の先生にしろ、お役所の職員にしろ、国立大学の職員の方にしろ、自分たちのやり方がいかにも効率悪いとあらゆる場所で叫んでいる。だから、きっと割高なのだろうということは容易く想像できる。「自分たちの職場環境はこんなに効率が悪いんです」って言ってる公務員の人たちが、同じ口で「もっと民間の税負担を増やして待遇を改善しろ」というのを聞けば、違和感を感じないほうがおかしいというものだ。

民間の経営者であれば、 こっちはちゃんと成り立つように経営してるのに、なんでシワ寄せをこっちもってくるんだ?という話になる。そんなろくでもない経営をしている連中になぜ、事業を独占させるべきなのだろうか?

労働者の立場であれば、こっちは効率よく生産しないと給料があがらなくても仕方ないし、待遇が悪ければ転職するしかない。なんで公務員は生産性が低いままでも給料があがっていって、しかもこれでは足りないからといって民間の所得からピンハネすることが許されるのだろうか?

だが、被害者は納税者ばかりではない、待遇の悪い公務員も、自分たちが政府による独占の被害者だと正しく認識するべきだろう。

公務員も、ろくでもない職場を捨ててマシな職場を選べるようになったら、そもそもダメな職場なんて選ばなくてよい。だが、特定業種を政府が独占しているから、代替の選択肢が生じないのである。

公務員が非効率であることについて、ほとんどの納税者には責任がないのだから、納税者に追徴金を課すような真似をしたらおかしいといわれて当然だ。追徴金を課すべき悪いやつがいるとしたら、公務員の仕事を増やそうとする人である。そんな人には、お前の責任で対価を払えと言えばよい。

そう、公営サービスが公営でないなれば、普通に代金を設定するだけの話なのである。客の支払いが足りないなら、サービスを提供しないだけでよい。

政府が権力を使って事業を独占することで得するのは、自分では何もせず、自分は払う気もないのに、公務員にあれやれこれやれという、本質的に無責任な人だけである。納税者も奴隷ではないし、 公務員だって奴隷ではないはずだ。

公営事業の民営化のあるべきかたち

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