「税金を減らせば手取りがすごく増える」の意味

政府が強制的に税金と社会保険料を奪っていかなかったら、平均的なサラリーマンであっても毎月軽トラを買えるくらいの余裕ができる。1年かけずに立派な副業が育つような話だ。

以前の記事で述べたように、私たちの生活のコスト自体も税金によって何倍にもかさ上げされているから、本当は支出も「はるかに」少なくて済むはずだ。

経済的余裕が毎月のように膨らむなら、商才のある人はそのまますぐに経営者になれるだろう。何度か失敗しても、いずれは成功するだけの余裕がある。 商才のない人が余裕を食い潰してサラリーマンを続けたとしても、大した問題ではあるまい。少なくとも雇用の選択肢が爆発的に増えているのだからブラック企業に勤めながら転職できないなどということもなくなるだろう。

もちろん、物価が安くなれば、賃金がそのままでも生活は大幅に楽になる

なんで本来なら存在するはずの巨大な余裕が失われているかといえば、政府のお役所仕事が狂ったように非効率だからだ。政府の影響力が肥大した現状は、自分を成長させる自由はもちろん、他者を助ける自由もない。人々を奴隷的な服従から解放し、幸福を追求するために必要な経済的自由が、政府の非効率によってひたすら失われているのである。

この20年程度で、簡単にコンピュータが使えるようになって、インターネットも発達して、作業効率を何倍にも向上できたはずだから、何かを生産するわけでもない政府の予算は大幅に減っていて当たり前である。ただ右から左に予算を振り分けるだけの政府の予算が(多少は身のある仕事をしているとはいっても)右肩上がりに増えていってしまうのは根本的におかしなことだろう。

政府が再分配するコストは、私たちが生み出した富を食いつぶして消し去ってしまうほど巨大だ。だから、民間が必死に効率を向上して何倍も生産できるようにしたとしても人々の所得が増えない。そればかりか、生活はどんどん苦しくなってしまう。せっかく私たちが増やした余力を、政府の非効率がどんどん消し去ってしまうのである。

かつて日本でも50才手前に退職して隠居することができていた。民間の力が強い国で年率にして数十パーセントもの経済成長率が記録されることがある。それは、自由な市場ではまったく当たり前のことだったのである。テクノロジーの発達した現代では、なおさら容易なはずのことだろう。だが政府の非効率は、AIやロボットが発達してもなお、これまで以上に税金をだらしなく使い切ってしまうだろう。

政府のおかげで公的サービスがある…… 老後の資金が蓄えられている…… などというタテマエに騙されてよいものだろうか? そもそも 彼らにそれらのサービスを任せることによって、私たちが本来手に入る所得より「はるかに」少ない所得しか得ることができていないことが、深刻な問題なのではないだろうか?

 

人はパンのみにて生くるにあらず

縁故資本主義における窮屈な競争

 

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