そもそもスパコンに税金を使うべきか?

スーパーコンピューターを開発するベンチャー企業の社長が補助金詐欺で捕まった。予算獲得時の名目と異なる形で経費を支出し、それをごまかしたために詐欺罪に問われることになったのだという。

だが、素晴らしい技術を絶やすなとの声も聞かれる。自由に研究できなければ、世界と競争できない、もっと研究費の使途は自由でなければならないという人もいる。

ところで、そんなに素晴らしい技術なら、理解できて利益を回収する段取りができると思う人たちが出資してやったほうがよかったのではないだろうか?

多くの基礎科学研究と同様、スーパーコンピュータの技術の価値を多くの人に理解させることは明らかに難しい。納税者の金を支出させるなら、もちろん民主主義における多数派が理解できるように手配しなければならない。

万人に説明することが難しいテーマであればあるほど、民主主義によって資金を調達すること自体がとても大きなコストを必要とする。ルールはもちろん数千万人の納税者に説明するためのコストである。だから、守らなければならない。だが、民主主義のコストは、「自由に研究をする」には割高だったのである。

論理的に考えれば、明らかに民主主義に頼るべきでない。政府の金を使うこと自体、効率が悪くて当然なのである。つまり、補助金に頼ること自体がナンセンスなのだ。

誰もが使いそうな道路や電力ですら、実際には人によって要件が異る。だから、税金を注ぎ込むのが正しいかどうか長大な議論しなければならなくなる(それだって効率がよいとは言えない)。ましてや、 スーパーコンピュータに税金を注ぎ込むなんて、何光年もピントがずれているのではないだろうか?

ここで捕まった社長を少し擁護するが、日本で起業する人たちが補助金・助成金に頼らないというのは実は非現実的だ。なぜなら、あまりにも多くの事業者が補助金・助成金に頼り、補助金・助成金を前提に採算性を計算しているからである。

政府の介入によって腐敗した市場では、補助金なしで事業計画を建てることはそもそも困難である。市場から資金調達するにしろ、顧客を獲得するにしろ、補助金を前提に配当したり、安売りする企業との競争にさらされる。

だから、縁故資本主義の発達した社会では、補助金に依存せざるを得ないのである。(そして、補助金を受けるために役人の作った基準に適合しようとすれば、あまりにも非効率で世界と競争することはできない。だから、ごまかすしかない。まともにやっていたら、補助金事業で成功することなんてほとんどないだろう。)

結局、政府に依存するかしないかは経営者が選択できるのではなく、政府に強制されているのである。だが悲しいことに、それを負担する納税者も、それを受け取る現場の研究者も、公に支配されて政府の資金を使うことがどれほど自由に反するのか理解していないようだ。

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