民主主義国家に憲法が必要な理由

民主的に選ばれた政府であれ、人々から自由を奪ってはならない。だからこそ、政府を縛る憲法が必要なのである。ところが多くの人は勘違いしていて、権力が自由を縛る道具としてデモクラシーを使うことに肯定的だ。

「憲法は国家権力を縛るためのものだ、人々の自由を奪うためのものではない。」と頭で知っているつもりの人でさえ、いつの間にか論理をひっくり返して、権力を縛るための憲法を人々を縛るための憲法にすり替えてしまいがちだ。

民主的に作られた権力なら表現の自由、営業の自由、職業選択の自由、財産の自由……あるいは幸福を追求する自由を奪ってよいという話なら、民主主義国家に憲法はいらない。

「民主的な方法であれば自由を奪える」という考え方によって生じる状態は、全体主義あるいはファシズムと呼ばれる。民主的な方法であれば自由を奪えるというのであれば、みんなで自由を縛りあう結果を導く。多数が少数の趣味を制限し、多数が少数の生き方を制限し……画一的な生き方しか選べないように調整されてしまうとしても当然なのである。

人々は忘れてしまっているけれど、私たちの守るべき大切なものは、一人ひとりが自由に幸福追求できるということであって、民主主義国家に統制されることではないはずだ。だから、民主主義国家は憲法を必要とするのである。

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