正しい公営事業の民営化

行き詰った政府は、何をするべきだろうか?

政府の膨れ上がった債務、それは積みあがった政府の失敗の履歴である。多くの失敗は、大きな負債を作り出す。政府に資金を投じても、そこから利益を生み出して納税者に還元することができず、それどころか、将来の課税を前提に負債を膨らませてしまったのである。


淘汰されない公営事業

誰かに資金を投じても負債を作り出すばかりであるならば、もはや資金を投入するべきではないだろう。ところが政府は、強制力によって人々から財産を没収することで生きながらえるのである。

民間事業であれば、市場で選ばれなくなれば自ずと資金が底をつきて淘汰されるはずの事業が、いつまでも存続し、納税者の負担ばかりが膨張してしまう。

政府が事業に失敗してもなおそのサービスを存続させることができるのは、失敗していてもなお税を通じて納税者に強制的に負担させるからである。ダメなサービスが国家権力によって押し売りされ、ひたすら負担が膨張する。それが、公営の事業というものである。

政府の失敗が、膨張する債務という形で明らかになった。ならば、あらゆる国有財産や政府事業は、民間に競売にかけ、最も高い値段をつけることのできる民間事業者に引き継がせ、売却した売り上げを、納税者に返すべきだろう。

 

悪い民営化

民営化という言葉を使うと、悪徳業者が荒稼ぎするイメージを持つ人もいる。そのような考え方は、ある意味では現実的であるが、本質的には間違っている。

悪徳業者が荒稼ぎするとすれば、政府によって事業の独占が保護されているからである。政府が保護する似非の民営化がまかり通っている。

政府によって事業の独占が保護されているのでないとしたら、悪徳業者が荒稼ぎしようとしても、市場で消費者に選択されることはない。新参の代替サービスによってとってかわられることになる。

つまり、民営化が民営化であると言えるのは、政治が干渉しない場合だけだ。JRや郵政のような似非民営化は、役人が仕様を決めてその方向に運営され、政府の作った法律によって独占が保護され、多くの補助金が投入されることで、事実上の公営事業である。しかも、民間企業のフリをして政治家にカネを回すことができる。

そんなものは、政党に税金を還流する蛇口のようなものだ。正しい民営化には、政治あるいは政府の強制力を排除することこそが大切なのである。

正しい公営事業の民営化

民営化のメリットは、事業が失敗に至ったときに、生き残ることが許されないことである。望まれないサービスは淘汰され、よりまっとうな事業者が生き残る。さらに、多数決が気づかないような小さな需要も市場でなら発見され、サービスや製品が提供されるようになっていく。

公営事業の売却は誰でも参加することができる自由な競売でなければならない。そして、売却された事業にはもはや国家が干渉してはならない。競争を制限し、事業が淘汰されないように国家がコントロールするなら、それは民営化とは呼べない。

公的事業の民営化を議論するならば、完全に政治の干渉のない民間事業への移行が必要なのである。市場で選ばれた競争力のある事業を構築することができた者が生き残り、市場で選ばれない事業者が淘汰される。

そのときはじめて「民営化」は意味を持つ。公営事業よりも多様で良質なサービスが、政府が画一的に運営したよりも割安に供給されるようになる。

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