ヒトラーを全否定できる国政政党なんて、日本にはない

ヒトラーの考え方を部分的に肯定しないでいられる国政政党なんて、日本にはない。

ヒトラーの考え方は、「国は国民を守るべき」「国民の社会福祉は優先されるべき」、そのためなら「国家権力の集中を容認するべき」「自由を制限するべき」「大企業の資本は分配されるべき」、それをやったら当然リソースが足りなくなる。だから、「対外侵略に求めるべき」というものだ。

国が経済的自由を奪うことで導かれるリソースの不足は仕方ない、国が強制力によって補うべき。 そうすれば「国民の生活が第一」な国家が達成されるだろう、大企業の資本を再分配し、「中小企業に金を回せ」、「国内産業を保護」し、「外国製品の流入を制限」しろ、社会保障費さげるために「喫煙規制」も必要、「スポーツを奨励しよう」、「この道しかない」じゃないか?

政府の強制によって生じる非効率が自由競争にさらされれば、当然の淘汰圧が生じる。それを政府の力で回避しよう。対内的には自由を強く制限し、多数の生活水準を維持するために少数を無視するしかない。対外的には、強い閉鎖主義をとり、高い関税を維持するしかない。それではもちろん外国も対抗手段をとるから、対外侵略が必要になる。武力による威圧や行使が必要になるだろう。そのために政府に権力を集中させよう。

これらはすべて、ファシズムである。

自由市場と計画経済

もちろん、他にも道はある。積みあがった債務を前に、国の失敗を認めて、清算すればよいのである。だが、そんな選択肢を示す政党はない。ヒトラーは全否定されるべきという人たちは、実際には本質的にはファシズムを肯定しているのである。

結局、日本の全ての政党はファシズムに肯定的で、ただ批判を避けるためにナチスとかヒトラーというキーワードは避けましょうというお約束を守っているに過ぎない。

そのお約束を破ると批判の嵐に晒される。それ全部ひっくるめてタテマエに過ぎないということをみんなが知っている。

間抜けな話である。

ナチスの社会福祉政策

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です