お客様は神様ですか?日本でサービスが買い叩かれてしまう理由

多くの人が気づいていることだが、「安かろう悪かろう」「良いものは対価がかかる」という感覚が、社会からどんどん失われていっている。どうやら、頼む側・買う側の価値観がおかしくなっているのである。なんでそんなことが起きたのだろうか?

市場では、自ずと良いモノが高くなり、消費者に求められないものは安くなる。本来、モノを売りたい人は安く買い叩くだけの客はターゲットから外すという対応で良い。面倒な客は顧客リストから削除してしまい、相手にしないことにすればよいのである。大切なお客様は神様かもしれないが、そうじゃない人は客でもなんでもない。それでよいはずなのだ。

だが、日本では国家権力がそうやって客を選ぶことを邪魔している。というのも、消費者に選ばれるための競争がそもそもできない状態にあるからだ。

本来なら、消費者に選ばれることができず、採算の合わない商売は、そもそも市場から排除されていく。ところが、日本では政府があまりにも多くの領域で市場に介入している。たとえば行政がタダ同然でサービスを供給していたり、補助金にばらまいて値下げさせたりするのである。

消費者が選ばなかったはずの商品が、納税者から強制的に奪った税金によって値下げされることで、格安になる。そのために、消費者はそれを買っていく。政府は堅実に事業を営む人から奪った税金を使って、市場から評価されない事業者に渡して安売りを許すのである。これでは、価格が本来なら持っていた機能は失われてしまう。

もともと消費者から評価されていたはずの事業者が競争力を失い、税金によって補助されなければ市場に評価される事業を行うことができない事業者や公営事業が優遇されてしまう。これでは、競合する事業者にとって安売りを強制されているのと同じだし、消費者は質の低い商品やサービスを買わされているのと同じだ。

自由競争であれば、評価してくれる大切な顧客だけを大切にするだけでも、一部の消費者に選ばれることができさえすればそこに生き残る場所を見つけることができたかもしれない。だが、そこにあるのは消費者に選ばれるための自由競争ではない。あるのは、役人に選ばれるための競争や、マジョリティに嫌われないための競争ばかりなのである。

政府によって歪められた市場では、顧客との関係はぼんやりしたものになる。客から見れば、なぜ向こうで得られるサービスがこっちで得られないのか分からない。そもそもかけられたコストが価格に正しく織り込まれていないのだから仕方がない話だ。そして、どんどん安売りを強制される。まっとうな事業者は店を畳み、消費者にとっても、労働者にとっても、魅力のない事業者ばかりが生き残ってしまうのである。

 

市場における価格

縁故資本主義における窮屈な競争

日本の自営業者の数、減りすぎ。

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