終戦直後の軍需物資の放出

1945年8月14日の降伏決定の手続きが終了すると、鈴木貫太郎内閣は当日中に戦後対策委員会を内閣に設置し、「軍其ノ他ノ保有スル軍需用保有物資資材ノ緊急処分ノ件」を指示した。軍需物資を、占領軍上陸前に民間に放出せよ、という指示だった。

玉音放送の前日、当時の価格で1000億円相当の膨大な軍需品(米、麦、雑穀、缶詰、砂糖、医薬品、燃料、綿布、ゴム、鉄、銅電線など)が放出され、軍需工場の民営化が指示されていた。財閥解体時の大財閥の財産が3億円~5億円、当時のGDPが200億円程度だったのだから、いかにも大規模な資本流出だった。

鈴木内閣の総辞職後、東久邇宮内閣が成立すると、米軍は放出の停止を命令した。しかし政府は、8日間に渡って放出を黙認し続けた。

市場における価格

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