ナチスの社会福祉政策

「国家社会主義ドイツ労働者党」の社会福祉方策とはどういう性質のものだったのか、整理しておく。

ナチス党の綱領に書かれた一文が全てを象徴する、「我々は、国家がまず第一に国民の生活手段に配慮することを約束することを要求する。国家の全人口を扶養することが不可能であれば、外国籍の者(ドイツ国民でない者)は国外へ退去させられる。」

国家が国民の社会福祉を統制するとき、そこには強い排外主義が求められることになる。そうでなければ成り立たない。

そしてもう一つの問題がある。仮に排他的な社会福祉政策をとったとしても、市場によるフィードバックを利用することができない国家の社会福祉政策は失敗する。そして、失敗すればするほど、強い結束が国家によって要求されることになる。

国家社会主義ドイツ労働者党が政権獲得すると、ヒトラーはドイツのすべての私的慈善団体の禁止を宣言した。禁止するまでもなかったかもしれない。というのも、国が一方で税を用いた博愛事業を実施すれば、他方で私的な博愛事業を実施することは自ずと維持不能になるからだ。

残念ながら政治はこれをまったく無視しているが、日本国憲法も以下のように戒めている。

第八十九条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

ナチスが政権を獲得すると、国家社会主義公共福祉(Nationalsozialistische Volkswohlfahrt(NSV)が、1933年5月にナチスの福祉機関として設立された。NSVの本部はベルリンに置かれた。NSVは、地方自治体やドイツ連邦州にあった国民に福祉サービスを提供していた民間の機関を国有化し、政府主導での税金を使った社会福祉を開始する。

1939年までに、8000の託児所を運営し、母親のための休暇用資金を家庭に配給、大家族向けに追加の食糧を配給、その他のさまざまな施策を行った。1941年までに、医療保険、老齢年金、失業、障碍者手当、難聴、聾啞者、盲人のための支援、高齢者、ホームレス、アルコール依存症の救済、違法薬物や伝染病に対するプログラムを実施した。

この年までに1700万人のドイツ人が国家社会主義者福祉の後援で援助を受けることになる。NSVは3万のオフィスを持つに至り、ソーシャルワーカー、矯正訓練、調停支援を監督する業務を行った。

国営による社会福祉事業が失敗するのは、市場による選択によらず、国家の強制力に基づいていたためだった。一旦税を用いた社会福祉が正当化されれば、その範囲はどんどん広がっていく。

国家社会主義政策に基づく社会福祉は、大幅に膨張し、ドイツの社会福祉プログラムに必要な資金は、1938年の6億640万ライヒスマルクから1941年には13億9530万ライヒスマルクに倍増した。

人々は国家に人生を依存するようになり、国家の破綻が未来の喪失を意味するようになっていく。国家が破たんすれば、年金を受け取ることができなくなり、社会保険サービスを受けることができなくなり、国家のサービスを受けることができなくなる。

だから国家を維持しなければならないという倒錯した論理が主張され、国家を否定することができなくなってしまう。全体が結束し、国家の失敗を認めなくなる。これが、ファシズムである。

資源は有限であるから、公営社会保障を維持するためには、国内で社会福祉の対象とすべき者と、そうでない者を区別しなければならなくなる。ヒトラーが強く主張したように、国内の有限な資産の中で求められる要求を満たし続けることはできないから、対外的に領土を拡大しなければならなくなる。国家社会主義政策を採用する限り、これらは必然的に導かれ、当然に正当化される。

国家社会主義公共福祉から我々が学ぶべきことは、国家の強制力に頼って社会福祉政策を維持しようとしてはならないということだ。そもそも、まったく民間から始まり、市場で成功と失敗を試されながら成熟するのを待たなければならないものなのである。

公的社会保障が健康ファシズムを作り出す理由

「ナチスの社会福祉政策」への2件のフィードバック

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