労働環境の問題は権力によって解決されない

労働環境を改善する唯一の方法は、労働者が自発的に労働環境を選ぶことである。置かれている状況が望まない待遇なら、望む待遇の事業者に雇用されるように自分で選択すればよい。あるいは、同じ思いを共有できる仲間を募って、自分で創業してもよいかもしれない。職業選択の自由は、自ずと可能な限度まで労働環境を改善する。

売り手は高く売ろうとし、買い手は安く買おうとする市場において、労働者が辞めたくてもやめられない事情があるときに労働者の待遇が低下するとしても、まったく当然である(無理やりそれを停止しろというなら、人々から経済的自由を奪うしかない)。そこに職業選択の自由を奪うものがあるから辞めたくてもやめられないとすれば、問題は「何が職業選択の自由を奪っているのか?」である。

普通に考えれば、雇用主は労働者から直接搾取することはできない。労働者をロープで括りつけて労働を強制することはできない(それは明白な犯罪である)。だが現実には、雇用主とは別の何者かが労働者を見えないロープで縛り付けている。政府の強制力によって作られる規制や課税である。そこに見えにくい搾取が隠れている。

あらゆる雇用に関する規制は、職業選択の自由を制限することはあっても、職業選択の自由を増やすことにはならない。職業選択の自由を制限すると、労働者の待遇は悪化する。待遇が悪くても別の選択肢を選ぶことができなくなってしまうからだ。

労働者が権力に規制を求め、(職業選択の自由を政府が侵してはならないとする憲法をちゃっかり無視して)それを推し進めても、問題を肥大させながら右から左にしわを寄せ、都合よく利権を作り出すだけになる。そのたびに人々の生産した成果が権力によって搾取される事情が増え、労働者の経済的自由が政府によって搾取されることによって、労働者が過酷な環境から逃れる道を失うという結果を導く。

政府の権力自体が本質的に何も生産しない以上、人々が自発的に解決できないものはいかなる政府によっても解決されるはずがない。これは、まったく仕方のないことだろう。政府に自由を奪わせるたびに、人々が自発的に解決することが困難になっていくしかない。

最低賃金制度による過酷労働の強制

残業規制

 

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