雇用規制による過酷な労働の強制

雇用規制は「労働者の保護」であると主張される。けれども実際には、労働市場を歪めることで、意味のある競争が阻害されて、無意味な競争が強いられることになる。

雇用規制によって、労働者は過酷になる

最低賃金制度を導入すると、低い生産性の仕事のために人を雇用することができなくなる。雇用規制によって、安く雇って楽な仕事をさせるという選択が禁じられるからだ。

何が起きるだろうか?企業は、賃金が規制されたからいって、企業が高い賃金で雇用するわけではない。高い賃金で雇用するためには、高い代金を支払う顧客が必要だからだ。稼げない人は、単に雇用されなくなるだけである。雇用されない人は、より過酷な労働をして基準を満たすように稼ぐことを強いられることになる。

ある手段で稼げなくなった労働者は、時間単価が法律を満たすように、より過酷な労働、あるいは単に違法な労働へとシフトすることを強制される。夜の仕事や性風俗、きつい現場作業が強いられる。暴力に身を寄せるかもしれない。

そうして選ばれる過酷な労働は、雇用規制のない状態より競争率が高くなる。報酬はその過酷な労働に見合っていた本来の水準から、押し下げられてしまうだろう。

政府の雇用規制による打撃は、規制が厳しければ厳しいほど大きい。そして、低賃金の人が最も打撃を受けることになる。低賃金側から順に背伸びして仕事を選ぶことになるが、それだけでは終わらない。時間がたてば、ほとんどの人がある時点より過酷な競争を強いられ、本来の報酬より低賃金で労働することを強制されるようになってしまうのである。

これは、実際に起きていることに他ならない。

雇用規制によって、即戦力が求められるようになる

残業時間規制を導入すると、短い時間で切り上げることが義務付けられる。雇用主は、短時間で成果を出せる労働者を雇用する。人々は、即戦力となる労働者であることが求められるようになる。

ところが企業が即戦力であることを知る方法は雇用規制のために限定されている。安く雇用して試すことが制限され、解雇することも制限されている。企業は、学歴や資格といった条件や、実績のある労働者を雇用し、それらの不十分な人を雇用しなくなる。

学歴競争は過熱し、能力を証明できない者や、十分な実績を積まない労働者は、キャリアを増やす機会を持つことができなくなってしまうだろう。

これも、実際に起きていることである。

労働者は、政府の計画によって雇用されるようになる

本来なら、企業はモノやサービスを作ってその対価を得る。労働者は企業との雇用契約によって生産活動に従事し、報酬を得る。労働者は、実際の需要に結びつくことで価値が生じるのである。

雇用規制によって労働者が保護されると、事業者は需要がなくても同じ報酬で雇用し続けなければならなくなる。そのリスクはもちろん賃金に転嫁されていく。賃金水準が低下して事業者の業績が悪化するのを、政府は補助金によって補正しようとする。補助金を受け取るのは、政府が選んだ事業者である。

労働者の身分は、実需と結びつかなくなり、政府の計画によって雇用されることになる。政府によってその身分を握られてしまえば、労働者は自らの待遇を自分で選択することができなくなり、自ら雇用規制の強化を求めるようになる。

だがもちろん、雇用規制の強化は労働者自身の労働条件をより過酷にする。政府が、政権を維持するためにその配分を決め、体制を維持するためのコストを労働者に負担させるからだ。

政府の規制によって、労働者は政府への従属を強め、政府から搾取されるのである。

 

 

 

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