ブログのリセット

一旦ブログの記事を隠すことにした。その理由について以下に述べる。

戦後史のあらすじ

このブログを始めた理由はあまり鮮明ではなかったが、どうやら私は自分の生き方を邪魔しているものの正体を理解したかったようだった。正直に言えば、私の生き方が何に制限されているのかを知るために歴史を材料にして都合よく説明することが心地よかったのである。多くの記事で私は、日本の戦後の歴史を追いかけていた。結局、私の解釈のあらすじは以下のようなものだった。

冷戦下では「そんなのは共産主義的だからダメだ」という主張が口実として使われた。まったく分かりやすい暴力を伴って「国策」によって大企業の護送船団が作られ、人々がないがしろにされた。 「保守」が不当に肥大した時代は、大雑把に言えば日米安保体制を無理やり守るのが保守だった。

冷戦が崩壊すると、反共を口実とする暴力は後退した。 だが同時に、反共は政府のつっかえ棒でもなくなった。反共を暴力で押し通すことは減ったが、平等を旗印に社会主義的政策が明らかな暴力を伴って押し通されるようになった。

いずれにしろ、そこにあるものは道理ではなく、暴力だった。

世界史も同様に追いかけようとしてみたし、古い時代の歴史もかじってみた。するとそこにも、とてもよく似た物語があった。

社会主義と資本主義

暴力を否定する社会主義というものを考える、話し合いで決定する、いつでも自由に離れられ、決定に従う義務を負わないコミュニティを構成すればよい。 話し合いが決裂すれば分裂するのが当たり前だが、穏やかなコミュニティが成立しうる。それは、国家ではない。

暴力を否定する資本主義というものを考える、自由な取引によって成り立ち、必要なものを暴力的に奪ったり、必要ないものを無理やり作らせたりしない。つまり税なんかもちろんない。 財産が足りなくなったら破綻するのが当たり前だが、穏やかな経済が成立する。これも、国家ではない。

余っていないものを奪って、必要ないものを無理やり押し付けると、衝突する。これは、強盗あるいは押し売りという。それは、国家が税金という仕組みを使って、あるいは、国家権力を行使して政策と称して強制することである。

つまり、社会主義国家とは社会主義を建前として暴力を行使する国家であり、資本主義国家とは資本主義を建前として暴力を行使する国家であるということができる。その争いは、村の中でも起こり、国の中でも起こり、やがて惑星を二分して行われた。

政治と呼ばれているものの本質は暴力だ。暴力を統治機構として用いるものが国家である。独裁国家は言うまでもなく、建前として民主主義を標榜しているとしても、結局は多数派の主張を少数派に押し付けるのであって、そこにあるものは自由な人々による合意形成でもなければ自由な取引でもなく、暴力である。

保守政党が暴力を行使して左派を弾圧することは当然であり、左派政党が暴力革命を目論んだとしてもまったく当然である。ただ現代の政党は民主主義の建前を利用しているから、普段はその牙を隠しているに過ぎない。暴力を組織だって行うものが政党なのである。

私たちと国家

日本の戦後史の中で最も目立つ事柄として、日米安保を無理に押し通したという事実がある。深刻な暴力が繰り返されたことも事実だ。そして、同じような出来事は外国でも起きていた。冷戦構造というもっと大きな枠組みにも相似な構造があった。それが第二次世界大戦から半世紀の間に顕著に起きた出来事だ。あらゆるスケールで、自己相似な構造が見られた。つまり、大きなスケールでの構造は、虫メガネで見て細部を拡大してもよく似た形をしていた。

さて、終戦から90年代まで追いかけたのだけれど、そこで様子が変わってくる。社会主義的政策が色濃くなっていき、右と左の思想のうち、国家に都合のよい成分がつじつま合わせされて境界が曖昧になっていく過程が始まるのである。

本来なら、余っている余裕を話し合って共有しましょうというのが社会主義で、あなたが必要なものと私の必要なものを合意に基づいて交換しましょうというのが資本主義だ。いずれにしろ、我々が自然に行えることである。ちょっと注意を払えば、余ってるけどあなたが必要ならタダであげるよというのも、取引のひとつであるということは簡単に分かるだろう。結局、いずれも単に自由を尊重すれば実現できる理想なのである。

近代以前の古い歴史を見ても、そこにはなんらかの権威が成長し、権力を行使していた。市民革命を経て、信仰や王権の権威を否定してみた先でわざわざ権威を持たせてしまったのが、民主主義とか資本主義とか社会主義といった概念だった。

社会主義にしろ資本主義にしろそれが思想としてそこにある間はよい。だが、国家体制に組み込まれてしまえば、右だろうと左だろうと、そこにあるものは奪い合いの暴力でしかない。結局、資本主義を国家として発達させたことも、社会主義を国家として発達させたことも、ただ、暴力を肯定しようとしているだけ、同じように間抜けだ。

私たちは国家から自由でなければならない。

言い訳

なんということはない、

私はこのブログを書き溜める中で、どのような政治が良く、どのような政治が悪いのか、どのような国家が素晴らしく、どのような国家が素晴らしくないのかという意識に陥っていた。政治はくだらないものであり、国家が素晴らしくないものであるという単純な答えを、ときどきつぶやきながら、まっすぐ言葉にすることに臆病だった。

否定すべきだと思うものを順番に否定していけばどうなるか試してみた。当初から、政党制を否定しようとしていたつもりだったし、民主主義にも批判的な立場のつもりだった。国家主義の上に、右と左が利害調整していった過程にも何度も気が付いていたつもりだった。資本主義国家や社会主義国家をファシズムと比べてみたり、イスラム主義と比べてみたりもしたつもりだった。すると剥いても剥いても変わらない玉ねぎのような歴史描像しかそこにはなかった。いや、この表現には鮮やかさが足りない。数学にはフラクタルという言葉がある。つまり、拡大しても拡大しても、同じ構造があったというだけのことである。

時系列をぐちゃぐちゃにして相互にリンクを拡げながら記事を書いた結果、私のブログは整合性を失って収拾がつかなくなってしまった。これでは意味がない。もう一度、自分の認識に沿って混乱を解くために、恥ずかしながら一旦ブログの記事を全て隠すことにした。今度こそ、私を邪魔しているものをちゃんと見つけてやろう。

これが、私がこの三年間考えたことの一旦の結論である。

(2017年元旦)

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